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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

槍ぶすまに囲まれたまま、かの女は、筏の上に立った。

木曾川のしぶきを棹さして、筏は、激流を横ぎり、犬山城の下についた。

「あぶないぞ」

かの女の降りるとき、ひとりの兵は、その手へ槍の柄をのばしてやった。

そこの岸から、断崖をのぼってゆく。すると俄然、地上の相貌は、まるで変っていた。

家康の本陣、小牧にたいして、秀吉の大軍八万余が、東春日井郡の数里にわたって、みちみちていた。

つい二日ほど前。

大挙して上方から下って来た秀吉は、敵の小牧山と呼び交わせるほどな近距離――楽田村に本陣をすすめ、犬山の城には、岐阜大垣から前進した池田勝入と、嫡子の紀伊守之助がはいっていた。

物見組は、その池田家のうちの一小隊だった。

夕がたの兵糧の炊ぎに、城外の陣場は、どこも煙っていた。馬糞や汗のにおいに、人馬ともごった返している中を、かの女は、おそれげもなく、物見組と一しょに通った。

「おや、たいしたものだぞ」

「おいっ、どこから拾って来た――そんな美いのを」

ふり向いては、何とか、騒ぎ立てない兵はない。

物見頭の千田主水も、

「ほう? ……」

と、連れて来た部下の報告を聞きとりながら、目をみはった。