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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

そして村社の鳥居から内の、ひろい境内と本殿とが、かれのいる所のように、偽装されていたが、敵の夜襲にそなえて、秀吉の身は、神社のうちにはいなかった。――そこの林より東の方に離れている一群の仮屋に起居していたのである。

もっとも、敵の家康のほうから見た場合は、秀吉が、犬山にいるか、楽田にいるかも、疑問だった。――それほど、互いの陣形は、水ももらさぬ一線をへだてて、相互の偵察を、困難にしていた。

「おれの湯好きが、大坂を立って以来、何度も風呂に入っていないぞ。きょうはひとつ、汗をながしたいものだ」

秀吉のために、仮屋の雑兵たちは、ただちに野戦風呂をわかした。

地上に穴を掘り、大きな油紙を、穴いっぱいに敷くのである。それに、水をたたえ、古金の焼いたのを、投げこむと、いいあんばいに沸いてくる。

流し場には、板をならべ、まわりにはまん幕を張ってしまう。

「ああ、よい湯だ……」

この簡素な野天風呂に、あまり立派でない肉体の持ち主は、肩まで、湯にひたして、飽かず、夕空の星を仰いでいた。

「……天下の奢りだ」

かれは、からだの垢をこすったり、ヘソの下を、かろくたたいたりしながら、真実、そう思った。