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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

「何か、使いか?」

まさか物見とはたれも思わなかった。藤蔵が自軍のふじヶ根山へさして疾風のごとく駈け出したとき、初めて、バチバチ撃ち浴びせたが、もう間にあわなかった。

やがて、菅沼藤蔵が、無事にふじヶ根山の味方の中へもどって来ると、全山の将士は、わーっと、歓呼して、かれを迎えた。

家康も、将座から立ち上がって、かれの復命を待っていた。

「しかと、敵の布陣のうらおもて、見さだめて参りました」

藤蔵はその前にひざまずいて、田ノ尻、岐阜ヶ嶽、こうべ狭間の三高地にわたって、三段備え鶴翼の陣をとった池田軍のくばりを、てのひらを指すように、説明した。

その部将は、誰々。

鉄砲隊はどこに多く、槍隊はどこに潜まっているか。

見えない遊軍の有り無し。また士気の如何。――そして、敵の脆弱点はどこか。

藤蔵の復命は、微に入り、細にわたっていた。

「ウム、そうか。左様か」

家康も、いちいち得心のていで、うなずいた。ほかの物見と事ちがい、敵前敵中の十七、八町にわたる低地高地を、悠々と、ただ一騎乗りわたして、ぬすみ眼でなく、胆力で見とどけて来た藤蔵の報告である。家康も、信頼した。