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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

秀吉も驚いたらしい。非常なおどろきの眼を放って、おもわず駒をそこに止めた。

浅野弥兵衛、有馬刑部、山内猪右衛門、片桐助作など、かれの駒をつつんでいた諸将や近衆なども、共に手をかざして、対岸を見たが、秀吉の問いに、すぐ答えられる声もなかった。

「さてさて、不敵な奴もあるものよ。千にもたらぬ小勢をもって、筑前のこの大軍にたいして、けなげなる振舞いをなす者。敵なればなお、名を知っておかねばならぬ。――たれぞ、あの敵将を見知っている者はないのか」

秀吉は、なお前後の味方を見まわして、しきりに、それを訊くのだった。

すると、前列の方で、

「存じておりまする」

と、いう声があった。

見ると、美濃安八郡曾根の城主で、こんどの大戦にあたり、秀吉のために、老躯をひっさげて、途の案内に立ち、終始、かれのそばにあった稲葉伊予守入道一鉄であった。

「おう一鉄。そちは川むこうに見ゆる敵将を、たれなるか、見知っておるや」

「されば、あの鹿角の前立て打ッたる兜と、白糸おどしのよろいには、すぐる年、姉川の合戦で、しかと、見覚えがござりまする。――彼こそ、家康の股肱の臣、本多平八郎にちがいありませぬ」