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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
10 第十分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页
「上意っ」
とおめいて、後ろから引っ組んだ。長門は、
「こは、お情けなし」
と、脇差を七、八寸抜きかけたが、大力の勘兵衛に組み伏せられて、もがくのがやっとであった。信雄も、座を立って、
「勘兵衛、放せ放せ」
と云いながら、壁の周りを走り歩いた。激しい格闘がなお続いた。信雄は、手に白刃を提げながら狼狽して、
「放さねば、そ奴を、斬ることができぬぞ。勘兵衛、放してしまえ」
と、なおも云っていた。
勘兵衛は、長門の喉を、拇指で圧してから、機を計って、突っ放した。――放したと思うと、勘兵衛の脇差が、信雄の太刀もまたず、長門の脾腹を突きとおしていた。
室内いちめんの鮮血を見ても、信雄は案外、平然としていた。気の弱いくせにして、一面、残忍酷薄な性質もこの人のどこかには持たれているらしい。
その時、他の家臣たちが、室外にひざまずいた。そして口々に告げた。
「玄蕃が身は、ただ今、飯田半兵衛があちらにおいて、刺しとめました」
「田宮丸は、森源三郎が、誅を加えました」
信雄は、血臭い顔もせず、そうか、と軽く頷いた。しかしさすがに、ホッと大きな息を肩でついていた。いかにとはいえ、多年、側近に仕えて来た輔佐の老職三名を、一時に誅殺してしまうなどは何といっても、無残である。