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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

「いや、わしの母上、また妻や子も、のこして行くのじゃ。郎党のほか、供はならぬ。――皆が、それまでいうてくれるなら、あれにある甚内のひと粒だね――あの子の後々だけを、お前方にたのむぞ」

彼の妻は、ことし二ツの乳のみを抱いて、人の気づかぬ縁の端にさし俯向いていたのだった。

生れたばかりの一子と妻と、そして母の身とを、多年甚内に仕えて来た老僕や下僕たちに頼んで甚内は、直ちに、家を捨てて出た。

常に厩におく馬も、まだ二、三頭しか持たない身分である。門前には、邸内の男たる者はひとり残らず、打物把って集まったが、総人数、わずか三十余名。これが、家の子郎党の全員なのだ。

この小勢をもって、我らの主人はこれから何処へ何を働きに行こうとするのか? ――そういう疑念はみな持ったろうが、

(合戦をなされますか。相手はこの人数で破れるほどの勢でございましょうか)

などと理をもって主人に問うような者はない。ただ主人の駈け向う後につづき、主人の戦えというものに対して、戦いを尽すというほかに何の考えも持っていない。

こういう簡単な生命の合致は、もとよりその場ですぐできるものではない。