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りょかんについて

旅館について

山本 周五郎

「朝日新聞 PR版」1965(昭和40)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,912 字 · 16 页

青空文庫

私がどれほどいきどおりに駆られたか、推察してもらえるだろうと思う。翌朝、三人の同伴者が起きて来ると、私は夜半自分が「水汲みばか」になった事情を語り、朝食は汽車の中で喰べると主張して、しゃにむにT館から脱出した。

山中の宿も粟津の宿も、マンモス旅館というほど大きくはない。にもかかわらず、右のように不自由で勝手が悪く、観念的にではあるが、人を呪ったり悪態をついたりする結果になったのだ。それと対蹠的に、小さな宿ではそんな被害はない。今年の五月のことだが、私は二人の同伴者と京都へゆき、高台寺前にある「八仙」という宿に泊った。――それより数十日まえ、私のかみさんと親類の村田一家が泊り、たいへん好遇されたと聞いたからである。同伴者の一人はS社の新田君で、しばしば京都へ来るし定宿があったのだが、私は「八仙」を主張してゆずらなかった。そして、車でそこへ着いたとき、外から宿のみつきを見るなり、新田君はすぐに「これはいい、これはいい宿です」と云った。京都には詳しい彼がそう云うのだが、疑いぶかくなっていた私は、すぐには警戒心を解かなかった。

けれども「八仙」はかみさんの云ったとおり、また新田君の保証したとおり、間違いなくいい宿であった。