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にちにちへいあん

日日平安

山本 周五郎

「サンデー毎日臨時増刊涼風特別号」1954(昭和29)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,297 字 · 56 页

青空文庫

黒藤邸を閉鎖して、家士小者には禁足を命じた。仲島、前林らの居宅にもそれぞれ手配をし、三老職は城中へ護送した。こうして、さて陸田精兵衛らが屋敷へひきあげようとしたとき、みんなは菅田平野のいないことに気がついた。手分けをして邸内を捜してみたが、彼はどこにもいなかった。

「どうしたんだ」十郎太はあっけにとられて云った、「――いったいこれはどうしたことだ」

十郎太は茫然と、雨空の向うへ眼をやった。

菅田平野は脱走したのであった。

彼は雨の中をしょんぼりと歩いていた。江戸へゆく道とは反対の方向へ向って、――彼は黒藤邸の庭で(いちど捨てた)あのやぶれ傘をさしていた。片方の手には泥まみれで空っぽの旅嚢をさげ、足にはやはり黒藤邸でつっかけて来た、ちびた古下駄をはいていた。

彼は疲れているうえに、ひどく空腹で、おまけに眠かった。

「これは虚栄心だかもしれない」歩きながら彼はつぶやく、「――本当は虚栄心か、偽善かもしれない、おれはそうではないと思う、おれはそんなふうには思いたくない、あの燧袋、泥まみれの燧袋を拾って返したとき、こんな気持になったのだ、あれを井坂に返したとき、井坂がいぶかしそうな顔をして、二本の指で摘んで受取ったとき、おれの中でなにかが起こった、なにかが、……ちょっと口には云えないが、ともかく逃げだすのは今だ、