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にちにちへいあん

日日平安

山本 周五郎

「サンデー毎日臨時増刊涼風特別号」1954(昭和29)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,297 字 · 56 页

青空文庫

腹の中でまた鳴音がした。それは馬蹄の音のようであった。菅田平野はどきりとした、彼の名を呼ぶ声が聞えるのである、腹の中の鳴音から馬蹄の音が分離し、彼の名を呼ぶ声がはっきり聞えたからだ。

彼はどきりとしながら振返った。

井坂十郎太が馬をとばして来た。笠も合羽も着ず、鞭をあげてけんめいにとばして来た。馬蹄のあげる雨水のしぶきが、そのときほど爽快に、またたのもしくみえたこと(菅田平野にとって)はなかった。

「どうか戻って下さい、菅田さん」

乗りつけた馬からとびおりると、井坂十郎太は懇願するように云った。

「いやわかっています」と十郎太は息をはずませながら云った、「貴方がどうして立去られたか、私にはよくわかっています、しかしそれはいけません、貴方のお気持はあっぱれだが、それでは私どもが困るのです」

「――貴方がたがお困りになる」

「伯父にどなられたのです」と十郎太が云った、「こんどの事で、貴方に藩の内紛を知られてしまった、藩の内紛を知られたからには、このまま菅田さんをよそへやるわけにはいかない、ぜひ戻って任官されるか、客分として留まってもらわなければならない、すぐ手分けをして追いつけと云われたのです」