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にほんのでんせつ

日本の伝説

柳田 国男

「日本神話伝説集」日本児童文庫、アルス、1929(昭和4)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,931 字 · 207 页

青空文庫

咳のおば様

これが伝説の一つの木の中で、ちょうど昔話の小鳥が来てとまる枝のようなものであります。私は地方の伝説をなるたけ有名にするために、詳しく土地の名を書いて置きました。そうして皆さんが後に今一度読んで見られるように、少しばかりの説明を加えて置きました。

昭和四年の春

咳のおば様

昔は東京にも、たくさんの珍しい伝説がありました。その中で、皆さんに少しは関係のあるようなお話をしてみましょう。

本所の原庭町の証顕寺という寺の横町には、二尺ばかりのお婆さんの石の像があって、小さな人たちが咳が出て困る時に、このお婆さんに頼むと直に治るといいました。大きな石の笠をかぶったまま、しゃがんで両方の手で顎をささえ、鬼見たようなこわい顔をしてにらんでいましたが、いつも桃色の胸当てをしていたのは、治ったお礼に人が進上したものと思われます。子供たちは、これを咳のおば様と呼んでおりました。

百年ほど前までは、江戸にはまだ方々に、この石のおば様があったそうであります。築地二丁目の稲葉対馬守という大名の中屋敷にも、有名な咳の婆さんがあって、百日咳などで難儀をする児童の親は、そっと門番に頼んで、この御屋敷の内へその石を拝みにはいりました。