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かにのかい

日本の怪談(二)

田中 貢太郎

田中貢太郎『日本の怪談(二)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:蟹の怪、花の咲く比、不動像の行方、蛇怨、鮭の祟、妖怪記、鍛冶の母、鷲、尼になった老婆、幻術、忘恩、蠅供養、這って来る紐、放生津物語、地獄の使、法衣、餅を喫う、立山の亡者宿、山の怪、山姑の怪。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 80,664 字 · 171 页

青空文庫

「この寒いのに、なんぼなんでも、あんまりじゃないか」と、女房はまた云った。

「すこし早いようですわね」と、女は何か考えながら気の無さそうに云った。

「早いとも、早いとも、時知らずの蠅じゃよ」と、女房は女の方を見て、そして、蠅の方に眼をやるともう蠅は見えなかった。

「……もう何処かへ往ったよ、何処へ往ったろう」と、云ってそのあたりを見廻したが、蠅の影は見当らなかった。

午が来て家内同志で飯を喫っていた。主翁の九兵衛が空になった茶碗を出すと、その傍にいた婢がお給仕の盆を差しだした。と、その盆にとまっていたのか一疋の蠅が、九兵衛の茶碗を持った方の手首にとまった。

「また蠅がおる」と、九兵衛は驚いた。

九兵衛と向き合っていた女房も、さっきの蠅のことを思いだした。

「あなたの処におりましたか、私の処にもさっき一疋おりましたよ」

「そうか、今朝帳場で見たよ」と、云って九兵衛が茶碗を盆の上に載せると、蠅は二人の膳の間になった畳の上に移った。

「まあどうした蠅でしょうね、ほんとうに時知らずじゃありませんか」と、女房は箸をやめて畳の上に眼をやった。

「ちと早いな」と、云って九兵衛は飯の入った茶碗を執りあげた。