轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

にほんのぶんめい

日本の文明

大隈 重信

「教育時論 第七百八拾貳號」開發社、1907(明治40)年1月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,737 字 · 13 页

青空文庫

僅かに五十年間で充分なる調和を得たのである。即ち真正の意義に於て、世界的文明は我が国にて初めて成立したのである。しかのみならず更にまた西に向って発展したのである。

東漸文明、即ち印度、支那を経て我が国に来り、太平洋に隔てられて暫らくここに停滞した文明は、活動力を減殺しておって、亜米利加の新天地で新勢力を得て来た西向文明は、それに比すれば遥かに活動力の大なるため、我が国に於て大成した世界の文明は、まず西に向って活動力を発作し、支那の偏東文明に対する我が新日本の文明、即ち世界的文明の触接は、かの二十七、八年の日清戦争であって、ここに世界的文明は偏局的文明に対して、かの如き完全なる勝利を獲、次の西進は日露戦争となったのであるが、露国は欧羅巴に在っても最も亜細亜に接近しておる。随って欧羅巴、亜細亜両種の文明的要素を有しておるからしてその勢力も強くして、他の欧羅巴列国に懼れられておったが、土地が偏在しておるからして、欧州近世文明の活動がその力を及ぼすこと少なく、また亜細亜に接近しておっても、印度、支那の如き文明国でなくて韃靼種族の如き野蛮民族であったからして、露国の文明は中古の欧州文明と亜細亜の野蛮的文物との混和である。