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にほんふどうき
日本婦道記
山本 周五郎
尾花川
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,678 字 · 17 页
幸子はあと片付けを命じておいて自分の部屋へはいり、手文庫から幾許かの金をとりだして紙に包んだ。元の室へいったが青年は戻っていないので、玄関へ出てみた、それから急ぎ足に離れへいった。灯の消えた暗い部屋の中には、一枚だけ開いている障子の隙間からひっそりと月がさしこんでいた。かの女は走るように戻って来ると、召使の者に客間へ食事を運ぶように云いおいて、自分はそのまま外へ出ていった。
結飯の支度をたのんだからには大津へ出るのではない、坂本から叡山へでもゆくつもりに違いない、幸子はそう信じてあとを追った。はたしてそうだった、もう霜がおりたとみえ、月光をそのままむすんだように、白く凍てている道を小走りにゆくと、尾花川の細い流れを渡ったところで追いついた。「お待ちなさい」幸子がそう呼びかけると青年はちょっと逃げだしそうにした、けれどすぐに立ちどまった。
「わたくしのこころざしです」幸子は持って来た金包みをかれの手に与えた、「今はなにも申上げません。もういちどお会いしましょう、……ようございますか、もういちど此処へ訪ねていらっしゃるんですよ、誰にも恥じぬ人になって、……お約束しますよ」