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はるいくたび

春いくたび

山本 周五郎

山本周五郎『春いくたび』。同一底本的分册已合并为一书。收入:春いくたび、だんまり伝九、伝四郎兄妹、峠の手毬唄、初午試合討ち、梟谷物語、武道宵節句。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 70,094 字 · 142 页

青空文庫

「いま唄ったのは新庄あたりの武家屋敷で手毬唄によく聞いたものだが、この辺では馬子唄に唄うのか」

と話しかけた。五郎吉ははしこそうな眼をふりむけながら、

「おっしゃるとおりこれは手毬唄ですよお客さん、峰の茶店のおゆきさんがいつも唄っているんで、おいらもいつか覚えてしまったんだよ」

「そうだろう、どうも馬子唄にしてはすこしへんだと思ったよ。――けれど、それにしてもこんな山奥の峠茶屋で、武家屋敷の手毬唄を聞くというのは、何かわけがありそうだな」

「そりゃあわけがあるさ」

五郎吉はひとつうなずいていった。

「その茶店のおゆきさんの家は、もと新庄の在で古くからある大きな郷士だったんだ。旦那は伝堂久右衛門といって、新庄のお殿さまから槍を頂戴したくらい威勢のある人だったよ」

「ほう、それがどうしてまた峠茶屋などへ出るようになったのだね」

「久右衛門の旦那にはおゆきさんのほかに、その兄さんで甲太郎という跡取がいたんでさ、ところが今から五年まえ、その甲太郎さんが十八の年に酢川岳へ猪射に出たままゆくえ知れずになってしまったんです。谷川へ落ちて死んだともいうし、江戸へ上って浪人隊に加ったともいうし。