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つきとてぶくろ
月と手袋
江戸川 乱歩
「オール讀物」文藝春秋新社、1955(昭和30)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,541 字 · 80 页
そして、一応は涙をこぼしたけれど、死体にとりすがって泣きわめくようなことはしなかった。
いつの間にか九時半をすぎていた。その頃から股野家は俄かに騒がしくなった。所轄警察や警視庁などから、多勢の人々が、次々とやって来たからである。
あけみは、捜査一課長や警察署長の前で、同じことを度々繰り返さなければならなかった。彼女の話しぶりは、繰り返すごとに、少しも危険のない枝葉をつけ加えながら、いよいよ巧みになっていった。克彦さえ、その演戯力にはあきれ返るほどであった。
克彦自身もいろいろ質問を受けた。彼は今夜のことだけは別にして、すべて正直に答えた。あけみを愛していることを悟られても構わないという態度をとった。遠方からの殺人目撃者という、不動のアリバイが、それほど彼を大胆にしたのだが、それだけに、彼の話しぶりには少しの不自然もなかった。
鑑識課員は、股野の死因が、強力なる腕による扼殺であること、ドアの把手その他室内の滑かなものの表面が、布ようのものでふきとってあること、一応指紋は採集したけれども、犯人の指紋は恐らく発見されないだろうということ、表口にも裏口にも、顕著な足跡は発見されなかったことなどを報告した。