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げつめい

月明

豊島 与志雄

「新小説」1921(大正10)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,772 字 · 34 页

青空文庫

「そうね……。」

暗い海を背景にして仄白く浮出している俊子の顔が、一寸揺れたかと思うと、低いおどけた声で、

「ばアーと云ってやるわ。」

それが変に不気味だった。

「いやな人!」

投げ出すように云った姉の言葉のすぐ後を、彼は横合から続けた。

「この沖にも幽霊船が出ることがあるんですって。」

「嘘!」と云った姉の声は少し慴えていた。

「嘘ではありません。船の姿が見えないのに櫓の音が聞えたり、真黒な帆前船がすーっと側を滑りぬけたりすることが、よくあるんだそうです。」

「それは、風の工合で遠い櫓の音が聞えたり、本当の船をそんな風に感じたりするんだわ。」

「所が変なんです。或る時沖に釣に出た船が、夜になって戻って来たことがあるんです。その漁夫達の話ですが、薄暗くなって帰りかけると、いくら櫓を押しても船がなかなか進まなかったんですって。それでも一生懸命に漕いでると、不思議なことには、一町ばかり離れた後ろの方から、やはりせっせと漕いでくる船があるんです。櫓の音も掛声もしないのに、船の姿や人の影だけがありありと見えていて、その上、近寄りもしなければ遠ざかりもしないで、いつも同じ速さでついて来ます。