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げつめい
月明
豊島 与志雄
「新小説」1921(大正10)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,772 字 · 34 页
波の音が消えて、しいんとした蒼白い明るさだった。透明な深い水底ででもあるかのよう……円い月がぎらぎら輝いて見えた。
彼は足を早めて俊子に追い縋ろうとした。途端に、鉛色の月の光りが彼女の髪をすっと滑り落ちて、振り向いたその顔が、真白な歯並と真黒な瞳とを投げ出して、にっこと微笑んだ。瞬くまも許さない咄嗟だった。
ぞっとした。ぶるぶると身体が震えた……とまでは覚えていたが、あとはただしいんとなった。
「静夫さん!」
胸にしみ通るような細い声が聞えたので、彼はふと眼を見開いた。嵩高な女神の端正さを持った俊子の上半身が、降り濺ぐ月の光りの中に浮んでいた。……と思うと、心持ち左に傾いたその顔が、ぼやぼやとくずれた。
彼女の腕の中に在る自分自身を、彼は全身で感じた。細かな震えが背筋を流れて、歔欷と涙とがこみ上げてきた。……が、
「どうしたの。」
彼女の声は澄みきって響いた。
それでまたぞっとした。いきなりその腕を払いのけて、砂浜の上を駆け出した。後から彼女が追っかけてきた。息がつけなかった。砂の上にどっかと坐って、眼をつぶった。
「静夫さん!」
柔かな手を肩に感じた時、彼は初めて我に返った心地がした。