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くわのきものがたり

桑の木物語

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1949(昭和24)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,815 字 · 79 页

青空文庫

「桑の実さ、こいつを喰べると口ん中じゅう紫色になるんだ。ほら見てみな、ね」

「本当だ、若のもなってるかね」

二人は互いに口や舌を見せあい、おはぐろを付けたようだと笑いあった。

九月に上屋敷へ帰ると、若君は庭師に命じて桑を二本植えさせた。庭師はそんなものはお屋敷の庭へ植えるものではないと云い、なかなか承知しなかったが、若君がどうしてもきかないので、それでは内証ですからと云って、日月亭の裏のところへ二本植えた。

「こっちは若、こっちはおまえのにしよう」

若君は悠二郎にこう囁いた。

「これから毎年二本ずつ植えるよ、そうしてたくさんになったら、家中の者みんなに食わせてやるのさ、みんなうまいのでびっくりするよ」

明くる年も下屋敷でさかんにぬけ出した。

その翌年からは十二月にも、ひと月だけ下屋敷ですごすことになり、夏とは違ったいろいろの経験をした。――桑の木は一年に二本ずつ植えてゆき、初めに植えたのは、三年めから実が生りだした。

若君は十六歳の春、後見を解かれ、摂津守に任官して正篤と名のり、松平玄蕃頭の女で、十七になる順子と結婚した。

「お祖父さまこんな乱暴なことがありますか」