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くわのきものがたり

桑の木物語

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1949(昭和24)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,815 字 · 79 页

青空文庫

魚の釣り方も、池のかいぼりも、大川で泳ぐことも教えた。若君もだんだん身軽に動けるようになり、わる悪戯をして追っかけられるようなばあいでも、なかなかすばやく巧みに逃げられるようになった。――向島の長命寺の近くへいったときのことだが、寮めいたある家の側でふと思いだし、「ちょっと待ってな、慥かこの中だと思ったが、いまうめえ物を取って来てやるからな」

こう云って悠二郎は、生垣の隙から庭の中へもぐり込んだ。そこでまえに桑の実を取ったことがある、少し季節がおくれているが、場所は慥かにそこだと思ってはいった、するとはたして大きな桑の木があり、生り盛りは過ぎているが、黒い実がまだかなり残っている。――悠二郎は両手でそれを摘み取り、ふところへ入れてはまた摘み取った。と、とつぜん、

「この野郎、また庭を荒すか」

こう叫びながら、下男のような男が棒を持ってとびだして来た。悠二郎はすばやく生垣の隙から外へぬけ、「早く早く」と、若君をつきとばすように逃げだした。――水戸屋敷のところまで息もつかずに走り、そこの土堤の下で、ふところから桑の実を出して二人で喰べた。

「うまいねえ、こんなうまい物は初めてだ、これなんの実なの」