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くわのきものがたり

桑の木物語

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1949(昭和24)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,815 字 · 79 页

青空文庫

――玄庵先生、うちの悠坊が。

こう悲鳴をあげて駆けこんだとき、どういう拍子か悠二郎がくしゃみをして、そうして、ぎゃあと泣きだした。――そのくしゃみで片方の穴からたねがとびだしたのである。もちろん残った一つは玄庵さんが出して呉れた。玄庵さんもこれには呆れてものが云えないと云ったそうだ。

自分では全く覚えがないし、ほかにもずいぶんわる悪戯をしているが、さすがの悠二郎もこの話にだけはてれた。「気取ったってだめですよ、なにしろ鼻の穴へ梅干のたねなんだから」

こう云われると絶対に頭があがらないのであった。

祖父の虚木老はその後もずっと舟仙へあらわれた。ほぼ十日にいちどぐらいの割だろう、舟仙へやって来ると、二階で芸人たちを呼んで賑やかに騒いだり、舟で吉原とか深川などの遊里へでかけたりした。――それでいつかおつねが女の子を生んだとき、老は頼まれて名づけ親になったくらいである。そのとき悠二郎は四つになっていたが、おみつと名づけられたその子を珍しがって、抱こうとしたり鼻を摘んだり、口や耳へ指を入れたりするので、少しのまもゆだんができなかったそうである。

祖父がしばしば来るのは、ひとつには孫のようすを見るつもりもあったらしい。