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さくらのみのじゅくするとき

桜の実の熟する時

島崎 藤村

「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页

青空文庫

白いスカアトを涼しい風に吹かせながら庭を歩いている先生方の奥さんも見える。

夕方の配達を済ました牛乳の空罐を提げながら庭を帰って行く同級生もあった。流行歌の一つも歌って聞かせるような隠芸のあるものはこの苦学生より外に無かった。学校に文学会のあった時、捨吉は一緒に余興に飛出し、夢中に成って芝居をして騒いだことがある。夢から醒めたような道化役者は牛乳の罐を提げて通る座頭の姿を見るにも堪えなかった。

誰が歌って通るのか、聞き慣れた英語の唱歌は直ぐ窓の下で起った。捨吉はその歌を聞くと、同じように調子を合せて口吟んで見て、やがて自分の机の方へ行った。

白い肩掛はまだ眼にあった。彼はそれから引出されて来る譬えようの無い心地を紛らそうとして、部屋の隅に置いてある洋燈を持って来た。そして机の上を明るくして見た。彼はまたその燈火の点いた洋燈をかかげながら自分の愛読する書籍を取出しに行った。

静かな日曜の朝が来た。寄宿舎に集った普通学部の青年で教会に籍を置くものは、それぞれ仕度して、各自の附属する会堂へと急いで行く。食堂につづいた一棟の建物の中に別に寄宿する神学生なども思い思いの方角をさして出掛けて行く。