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さくらのみのじゅくするとき

桜の実の熟する時

島崎 藤村

「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页

青空文庫

「菅君は好い」と復た青木が自分で自分の激し易く感じ易い性質を傷むかのように言った。「ほんとに、僕なぞは冷汗の出るようなことばかりやって来た」

「全く、菅君は好いよ」と捨吉も言って見た。

「何だか僕ばかり好人物になるようだね」と菅が笑った。

「なにしろ君、僕なぞは十四の年に政治演説をやるような少年だったからね」と青木は半分自分を嘲るように言出した。

この青木の話を聞いている中に、もう長いこと忘れていてめったに思出しもしなかった捨吉自身の少年の日の記憶が引出されて行った。曽ては捨吉の周囲にもさかんな政治熱に浮かされた幾多の青年の群があった。彼は田辺の小父さん自身ですら熱心な改進党員の一人であったことを思出した。鸚鳴社の機関雑誌、その他政治上の思想を喚起し鼓吹するような雑誌や小冊子が彼の手の届き易い以前の田辺の家の方にあったことを思出した。何時の間にか彼もそれらの政治雑誌を愛読し、どうかすると「子供がそんなものを読むものでは無い」と言って心配してくれる年長の人達のある中で、それらの人達に隠れてまでも読み耽って、あの当時の論争が少年としての自分の胸の血潮を波打つようにさせたことを思出した。