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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页
午後の二時頃のまだ熱い日ざかりの中を捨吉は友達と連立って懇親会へと出掛けて見た。一頃の花のさかりと違って山は寂しい。こんもりと茂った桜の樹蔭は何処でもそれを自分等のものとして好き勝手に歩き廻ることが出来る。紅味をもった幹と幹の間を通じて更に奥の幽深い木立がある。誰に憚るところもなく讃美歌を歌いながら樹の下を歩き廻る夏期学校の連中が右にも左にも見える。
日は豹の斑のようにところまんだら地面へ落ちていた。捨吉達は山を一廻りして来て、懇親会の会場に当てられた、ある休茶屋の腰掛の一つを択んだ。変色した赤い毛氈の上に尻を落し、そこに二人で足を投出して、楽しい勝手な雑談に耽った。
基督教主義の集りのことでこういう時にも思い切って遊ぶということはしなかった。皆静粛に片付けていた。捨吉は桜の樹の方へ向いて、幹事の配って来た折詰の海苔巻を食いながら、
「菅君、君は二葉亭の『あいびき』というものを読んだかね」
「ああ」
と菅も一つ頬張って言った。
初めて自分等の国へ紹介された露西亜の作物の翻訳に就いて語るも楽しかった。日本の言葉で、どうしてあんな柔かい、微細い言いまわしが出来たろう、ということも二人の青年を驚かした。