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さくらのみのじゅくするとき

桜の実の熟する時

島崎 藤村

「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页

青空文庫

「突きッくらを遣るんサ――二人で」

「岸本なんかに負けて堪るもんか」

菅は「よし来た」という風に身構えた。両方の拳を堅く握り締めた。

「いいか、君、突くぜ」

「笑わせるから不可よ」

「君が笑うから駄目だ」

「だって、ヒドい顔をするんだもの」

捨吉は右の足を後方へ引き、下唇を噛みしめ、両腕に力を籠めながら、友達の拳の骨も折れよとばかり突撃して行った。菅も突き返した。

「まだ勝負がつかないじゃないか」

「もう御免だ。こんなに手が紅くなっちゃった――」

楽しい笑声が窓の内外に起った。

菅が築地をさして帰ろうと言いかけた頃は足立も捨吉も窓のところから一緒に秋らしい空を望んだ。どうかすると三人で腰掛けて日暮方の時を楽むのもその窓のところだ。向うの教室の側面にある赤煉瓦の煙筒も、それから人間が立つかのように立っている記念樹も暮れて来て、三棟並んだ亜米利加人の教授達の家族が住む西洋館にはやがてチラチラ燈火の点く頃までも。

神は何故に斯く不思議な世界を造ったろう。何故にあるものを美しくし、あるものを殊更醜くしたろう。何故に雀の傍に鷹を置き、羊の側に狼を置き、蛙の側に蛇を置き、鶏の側に鼬鼠を置いたろう。