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つちのなかからのはなし

桜の森の満開の下

坂口 安吾

坂口安吾『桜の森の満開の下』。同一底本的分册已合并为一书。收入:土の中からの話、家康、閑山、禅僧、小さな部屋、道鏡。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 76,558 字 · 153 页

青空文庫

折から一行のひとりに病人ができた。通りかかった草庵をこれ幸いに無心して病人を担ぎ入れたが、翌日も、また翌日も、はかばかしくいかない。先を急ぐ旅のこととて、ひとりの附添いを置き残して一座の者は立去った。

病人は暮方から熱が高まり、夜は悪夢にうなされて譫言を言い、屡水をもとめた。明方に漸く寝しずまるのが例であった。附添の男は和尚に祈祷を懇願した。同村の某が同じような高熱に悩んだとき、真言の僧に祈祷を受け、摩耶底連の札を水にうつしていただいたところ、翌日は熱も落ちて本復したことを思いだしたのであった。

「拙僧は左様な法力を会得した生きぼとけでは厶らぬ」と和尚は答えた。「見られる通り俗世間を遁れ、一念解脱を発起した鈍根の青道心で厶る。死生を大悟し、即心即仏非心非仏に到らんことを欲しながら、妄想尽きず、見透するところ甚だ浅薄な、一尿床の鬼子(寝小便たれ小僧)とは即ちこの坊主がこと。加持祈祷は思いもより申さぬ」と受けつける気配もなかった。

病人は日毎に衰え、すでに起居も不自由であった。頻りに故里の土を恋しがり、また人々をなつかしんだ。その音声も日を経るごとに力なく、附添いの友の嘆きを深くさせるのみだった。