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つちのなかからのはなし

桜の森の満開の下

坂口 安吾

坂口安吾『桜の森の満開の下』。同一底本的分册已合并为一书。收入:土の中からの話、家康、閑山、禅僧、小さな部屋、道鏡。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 76,558 字 · 153 页

青空文庫

「禅問答のように仰有らないで下さいよ! 五十円の結納金なら明らかに人間の方式ですぜ。獣の方式なら今迄通り山の畑でお綱とねる方がいいでしょう。そうして、それ以上の名案は絶対にみつかりっこありませんや。全くですよ! 仰有る通り獣になりなさい、獣に。人間になろうなんて飛んでもない考え違いだ! そうして今迄通りの交渉で満足することが第一です」

禅僧が自ら獣と言うた言葉を医者は面白いと思った。お綱の畑は村の西と北角の山ふところに、十数町の距離をおいて散在したが、お綱の姿を探して段々畑をうろうろと距離一杯にうろついている坊主の姿を山の人々は見馴れていた。言われた言葉で思いだすと、飢えた狼のように見えた。あまりに生々しく醜怪だと医者は舌打したのであった。

然し坊主が自ら獣と言った言葉は、医者が単純に肯定した程度の生やさしい内省から生れたものではなかったのである。

或る黄昏禅僧はお綱と二人でどんよりと澱んだ古沼のふちを通っていた。突然お綱の手が彼の腰へ触ったような気がすると(実際は触らなかったらしい)彼はもう古沼の中へ突き落されるのだと思った。悲鳴をあげるにも喉がつまって叫びがでなかった。