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もりのくらきよる
森の暗き夜
小川 未明
「新潮」1910(明治43)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,725 字 · 18 页
たしかに森のかなた、白い花の咲いている木の下から起って、木と木の間を通り、藪を抜けてここまで聞えて来る。
忽ち、泣声が止んだと思った。遠くの、遠くに耳を傾けていると小さな足音が、ぱたぱたとしてこちらに歩いて来た。足音はすぐ窓の近くに来て止った。風は、森がする吐息のように断続的に吹いている。しばらくすると、また幽かに遠くの遠くで、聞き覚えのある子供の泣声がした。その泣声は、白い花の咲いている木の下から起って、木と木の間を避け、藪から藪の間を抜けてここまで達して来る。やっとの思いで、この家を探して来たような哀れな泣声だ。また、その声は、ここまで辿って来るには力いっぱいの声であった。ここまで、辿って来てその人の耳に入れば、ぷつりと消えてしまう。次には、物言わぬ霊魂が、歩いて来る。
女は、始めてせなければならぬ仕事をそこに投げ捨てた。一種の怖しさに手が戦いた。解し難き不可思議に身の毛が慄えた。
なおも耳を傾げている。断続的に吹く風がやんで、天地がしんとすると、遠くから歩いて来る小さな足音。とぼとぼとあちらにさまよい、こちらにさまよいながら、ふと、窓近くなるとぷつりと止った。