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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页

青空文庫

「かよがいるぞ」と甲斐が云った、「子供にそんなことを聞かせていいのか」

「おかあさま」とかよが振り向いて云った、「あたし清書きができたから、遊びにいってもいいでしょ」

「私と双六をする筈じゃないか」と甲斐が云った。

「ええ、そうなさい」とおくみが甲斐の言葉を遮って云った、「そこを片づけていらっしゃい、硯や筆は自分でちゃんと洗うんですよ」

かよは「はい」と云った。

甲斐は盃を口へ持ってゆきながら、かよのほうを沈んだ眼つきで見まもった。親子の縁の薄い子だ、と甲斐は思った。こんどは二年ぶりで会った。戊申の年に伊達屋敷が焼けたので、彼は任期を早めて出府したが、屋敷再建のために暇がなく、湯島を訪ねたのは明くる年の夏すぎであった。

――そのときは六歳だった。

六歳のときすでに、かよはもうあまり甲斐につきまとわなくなった。父と子の関係が、いつ断ち切られるかわからないということを、本能的に感じているのだろうか。そう思って甲斐は重い気分になった。まえにはよくあまえて彼を困らせた。いっときでも多く抱かれていようとし、幼ない知恵で彼の気をひこうとつとめた。そのときはそのときで、やはり縁の薄いことを感づいているのだ、と甲斐は思ったものだ。