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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页
おくみは昂奮のため、声をふるわせて云った、「お大名がたばかりではなく、市中の噂も、たいてい同じようだということです」
甲斐は黙っていた。
「これだけの噂が、御家中に聞えない筈はありません」とおくみはさらに云った、「もしこれを向うみずな若い方たちが聞いたら、黙って手を束ねてはいないでしょう、きっとまた、品川のお下屋敷のときのような」
甲斐は屹とおくみを見た、「品川の下屋敷、そんなことを誰に聞いた」
「伊東さまからうかがいました」
七十郎か、と甲斐は思った。新左衛門が危篤だというので、その病床をみまったとき、彼は下屋敷で刺客にあったことを七十郎に話した。そのじぶんはもう、七十郎は甲斐に絶交を宣告したあとで、殆んど往来は絶えていたし、七十郎ならそんなことを他言はすまいと信じたからであった。
「七十郎はここへ来たのか」
「お国へ帰るとき、ちょっとお寄りになったのです」
「おまえはなにも云わなかった」
「寄ったことは内証だと、伊東さまが仰しゃったからです」とおくみは云った、「そのとき伊東さまは、あなたがいまのような立場のままでいると、これからさきも決して安全ではない、いつ第二、第三の闇討ちをかけられるかわからない、よくよく気をつけるようにと、念を押していらっしゃいました」