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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页
そうだ。そのつぎにやはりここで、この廊下で、甲斐と自分はあの樅ノ木を見た。そのときはいまのように雪が降っていて、自分はあの方に抱きついた。
――おじさま生きていらしって。
抱きつきながら、そう云ったのを覚えている。あのとき自分は、幼ない者の本能で、もうなにかを感じとっていたのだろうか。いいえ、そうではない、そんなことを感じたのではない、自分はただ別れることが悲しかった。あの方が船岡へお帰りになるというので、こころぼそさと悲しさでいっぱいだったのだ。
雪はしだいに激しくなり、樅ノ木の枝が白くなった。空に向かって伸びているその枝々は、いま雪を衣て凛と力づよく、昏れかかる光の中に独り、静かに、しんと立っていた。
「――おじさま」
宇乃はおもいをこめて呼びかけた。すると、樅ノ木がぼうとにじんで、そこに甲斐の姿があらわれた。彼のもっとも好きな、紺染めの麻の帷子を着、右手に刀をさげている。慥かに、紺染めの麻の帷子だ。宇乃は微笑した。甲斐の姿がそこにあらわれたことを、少しの不自然さも感じずに受入れることができ、宇乃はもういちど微笑しながら云った。
「おじさま」
甲斐が「宇乃」