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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

いることから判断いたしますと、今夜か明朝か、というほど早急とは考えられません」

新左衛門は「ああ」と喘ぎ、もういいというふうに頷いて、甲斐のほうを見た。

医者は座をさがり、甲斐に会釈をして立ちあがった。次ノ間にいた若い家士が、医者を送ってゆき、甲斐は立って、新左衛門の枕許へいって、坐った。新左衛門は痩せて、干からびたように、小さく、ちぢんでみえた。皮膚は乾いた土色をしてい、唇は白く、おちくぼんだ両眼は膜をかぶったように濁っていた。

「よく来てくれた、御用の暇を欠かして済まない」

「寺池さまの、弓のお相手をしていたところだ」

「靱負」と云って、新左衛門は家扶を見、「起こしてくれ」と命じた。

家扶は迷って、助言を乞うように甲斐を見た。甲斐は立ちあがって、手を貸そうと云い、家扶と二人で、新左衛門の半身を起こし、前に脇息を置いて、凭れかかるようにしてやった。だが、それはむりだったらしい。新左衛門は脇息に凭れて、さもこころよさそうに、二度ばかり深く息をついたが、すぐに首を振って、「だめだ」と云った。だめだ、寝かせてくれと云い、苦痛の呻きをこらえるために、歯をくいしばった。