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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
03 第三部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页
新八が着替えて、帯をしめていると、障子があき、「御用」と書いた提灯をかかげて、一人の男がこちらを覗いた。
新八と女は、膳を前にして、さし向いに坐った。男はするどい眼つきで、新八をにらみ、新八はふるえた。おちつけ、おちつくんだ、と新八は思った。だが、下腹に力をいれても、躯のふるえは止まらないし、女が「盃を持って」と囁き、そうしようと思うのだが、手を伸ばすこともできなかった。
提灯をかざして、こちらをにらんでいた男は、うしろへ頷いてから、部屋の中へはいって来、そのあとから二人、同心らしい若者と、目明しらしい、中年の男とがはいって来た。
「このお客さんの酒のお相手をしていたんですよ」と女が云った。
女は派手な色の、着古した寝衣に、半纒をひっかけ、冷たい空の徳利を持って、男に媚びたしなをつくってみせた。同心らしい若者は、立ったまま新八を見おろし、「どこの御藩中か」と訊いた。三人とも女には眼をくれず、新八をとり囲むように立ち、一人は提灯の光を、新八の頭上からさしつけるようにした。
「なにか不審でもあるのですか」と新八が反問した。
「どこの御藩中か、うかがっているのです」