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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
03 第三部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页
と支度を命じ、新八に向かって、丹三郎がこの春から原田家を出て、若ぎみの鬼役にあがった、ということを告げた。新八は「はあ」と甲斐を見あげ、鬼役という意味に気づいたのだろう、急に顔を硬ばらせながら、低くうなだれた。
「だが、こだわることはない」と甲斐は云った、「彼は自分からすすんで鬼役にあがったのだし、おまえとは関係のないことだ、また、おまえは彼にあやまると云ったが、そんな必要もない」
「それは御存じないからですが」
「いや、それは済んだことだ」と甲斐が云った、「もう済んだことでもあるし、いまあやまって取返しのつくことでもない、云ってみればそのことで傷ついたのはおまえ自身なのだ、そうではないか」
新八はまた頭を垂れた。
「気を楽にして会え」と甲斐が云った、「ことによると、二人はもう二度と会えないかもしれない、おそらく、もう会うことはないだろう、しかしこれもよけいなことだ」と甲斐は首を振った。そうだよけいなことだ、と静かに首を振り、ただ気を楽にして会うがいい、と云った。
だが、丹三郎と新八を会わせたことを、甲斐はひどく後悔した。支度ができて、広間へ移り、互いに目礼を交わしたとき、丹三郎の眼に、烈しい怒りと侮蔑の色があらわれ、それを敏感に感じとった新八は、屈辱のために蒼くなった。