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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

それだけが原因ではないだろうが、どうもちかごろ気が弱っておられる、と善右衛門は云った。酒はもちろん、食事の量も減じ、持薬なども用いるようになった。まえにはしばしば畑打ち、薪割りなどもし、好んで狩に出たが、いまでは殆んどそういうことがないし、睡眠も浅いようである。医者には再三みせたが、躯に病気はない、ということであった。

「父上は誰よりもおまえがお好きだし、おまえの云うことは鵜呑みにお信じなさる、だからこんどは気をつけて、つまらぬことは云わぬようにしてくれ」と兄は云った。

宗休は骨太の、がっちりした躯つきで、白髪になってはいるが、髪の毛も眉も量が多く、眉毛は眼にかぶさるくらい房ふさしていた。七十郎は隠居所まで挨拶をしにいったが、彼を見たとたんに、宗休は涙をこぼした。

七十郎はどきっとした。

「どうも眼が疲れて困る」と宗休はふところ紙を出しながら、ぶきように云い紛らそうとした、「視力に変りはないのだが、すぐに疲れて涙が出てくる、こんどは長くいるのか」

「そうしたいと思うのですが」

「たまにはゆっくりしてゆけ」と宗休は云った。

七十郎は「じつは」と口ごもり、じつはまた京へいって来たいと思うのだが、と云った。