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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
03 第三部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页
七十郎は飲もうとして、銚子に酒がないのを知り、大きな声で辻村と呼んだ。又之助、酒がないぞとどなり、それからぐらっと頭を揺って甲斐を見た。
「私が一ノ関に呼ばれたことは御存じでしょう」
「いや、知らないね」
「御存じがない、本当ですか」
「知らないようだな」
「私は一ノ関に呼ばれました」と七十郎が云った、「私を五百石で家臣に召し出してやろうというんです、これも知りませんか」
甲斐は首を振った。七十郎は皮肉に、そいつはふしぎですな、と云った。
「家臣に取立てようということを、後見の一ノ関が知っていて、国老が知らないというのはふしぎだ」
甲斐は微笑して、ふしぎなことはないと思うがと云い、なにか可笑しいことでもあるように、それでどうした、と訊き返した。
「断わりました」
「ほう、五百石では不足か」
「五百石は私には有難い、北村の実家や小野(伊東采女)から小遣をねだっている身の上だから、私にとって五百石はたいまいです、しかし、――それは伊達家から呉れるのではなく、小野の知行から分けるというんです」
甲斐が喉で笑った。
「可笑しいですか」と七十郎が訊いた。
甲斐は「いや」と首を振った、「一ノ関のことを連想したのだ」