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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

「幾たび聞いても忘れてしまうのだが」と甲斐は手をあげて指さした、「あの黒川郡の山の、ひとところ高い」

兵庫が「ああ」と低く笑いながら遮った。

「七ツ森でございますか」

甲斐も「どうも」と笑った。

「黄金迫の迫という字と、あの七ツ森というのは覚えにくい、迫というのをいつもさかと読んだり、さかりと読んだりしてしまう」

「迫をばさまと読むのがむりでございますから」

甲斐は頷き、眼をほそめて、ひろい展望を楽しげに眺めまわした。

「この眺めを見るのはなん年ぶりだろうか」

そして「ああ」と深く息をついた。

ずいぶん長いあいだ、甲斐は黙って眺めを楽しみ、それから台地を左へと歩いていった。そちらは城の南方で、仙北平野がひらけており、江合川の大きな流れと、川の対岸の町人町を、殆んど眼下に見おろすことができた。

兵庫も黙って、甲斐について歩いた。

「なん年ぶりだろう」

忘れたじぶんに、甲斐はまた独り言のように呟いた。兵庫はそのとき、初めて、静かに云った。

「私がお眼にかかったのは七年まえです、こんどはそれ以来だと思いますが」

「七年、まだ七年ですか」と甲斐が云った、「私にはもっと以前のように思えるが」