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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

新八は「あ」といった。そんなことをしようとは思いもかけなかったし、向うには黒田という男がいるので、われ知らず声をあげたのであるが、その声に応ずるように、向うから黒田玄四郎が立って来た。

なにもかも聞かれた、ということに気がついたのだろう、左手に刀を持って、つかつかとこっちへ来て、新八を睨んだ。

「なに者だ」と玄四郎が云った。

彼の顔は蒼ざめて硬ばり、大きくみひらいた眼には、殺気が感じられた。おみやはよろめいて、新八に凭れかかるように坐り、背中を新八に支えられながら、黒田玄四郎を見返った。

「そのほう、なに者だ」と玄四郎は云い、左手の刀を脇へひきつけた。

新八はぞっとした。相手は刀を抜きそうである、返辞によっては斬ってしまうという感じが、相手の眼にも身構えにも、はっきりあらわれていた。

「いや、おれが云う」

おみやがなにかやり返そうとしたとき、新八は彼女を抑えて坐り直し、まっすぐに相手を見あげて云った。

「私は湯島の家で御厄介になっている者です」

「――湯島の家」

「原田さんの御隠宅です」

黒田玄四郎は腑におちないという顔つきで、それはどういうことだ、と訊いた。