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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

万右衛門がむっとした顔で七十郎をにらんだ。渡辺七兵衛は歩きだし、七十郎は彼と並んで歩きだした。刀にひっかけてある旅嚢が、七十郎の背中で揺れ、七兵衛の供の万右衛門が、うしろから眉をしかめながら、それをにらんでいた。

「どうせ船迫で泊るんだろう」と七十郎が云った、「宿は柏屋か伊十か」

「船迫で泊るとはきめていない」

「それなら泊ることにきめるさ、柏屋ではうまい酒を出す、おれが案内するよ」

「失礼だが」と七兵衛が七十郎を見た、「そこもとは、たしか」

「伊東七十郎だ、まさか、知らなかったんじゃないだろうな」

「たしか小野どのの」

「さよう、桃生郡小野の館主、伊東新左衛門の義理の弟だ、正確にいえば新左衛門の妻がおれの姉というわけさ、わかったかね」

「私はよく覚えていないのだが」と七兵衛は冷淡に云った、「これまでにどこかで、正式に紹介されたことがあるだろうか」

「そんなことを気にするな」

七兵衛はまた振向いて、七十郎を見た。七十郎はあけっ放しな微笑で、彼に頷いた。

「気にするな、七兵衛」と七十郎は云った、「おれのほうではよく知ってるし、そっちだってまんざら知らないわけではないだろう」