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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

玄関には只野内膳がいて、甲斐を接待に案内し、そこで少し待ってから、家老の新妻隼人が奥へ導いた。そこは小書院で、燭台が二基、明るい光を投げており、雨戸が閉っているため、蒸れるほど暑かった。

兵部は入側から、小姓に刀を持たせてはいって来た。白の生絹の単衣の着ながしで、いかにもいま夜具から出て来た、という姿だったし、その顔にも、むりに起こされた人のふきげんな色があった。兵部は座につくとすぐ、隼人に、さがっておれ、という眼くばせをし、懐紙で眼を拭いて、甲斐を冷やかに見た。

甲斐は深夜の訪問を詫び、そして東市正の消息をたずねた。兵部の子、東市正宗興は、結婚してから麻布の下屋敷に住んでいた。兵部の表情が穏やかになり、すすんでわが子の近況を語った。頬骨の高い、神経質そうな顔が、紐でもほどけたようにやわらぎ、その声までがあまく楽しげになった。甲斐はおとなしく相槌をうちながら、兵部に話したいだけ話させ、すっかり話し終ったとみたとき、ではこれで、と会釈した。

「どうしたのだ」と兵部が云った、「帰るというのか」

「お屋形さまのごようすを拝見しておちつきました」と甲斐が云った、「賜暇で保養にまいっていたのですが、なにやら胸さわぎが致しますので、門限はずれですが帰ってみますと、鬼役が三人、毒死したとか申すことで、事実さような事があっ