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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
03 第三部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页
――東市正。
兵部はその子を溺愛していた。六十万石分割のことも、東市正が三十万石の領主になる、という夢を実現したいからである。雅楽頭もそこへ罠を仕掛けた。自分の親族にそんな小大名がいては不面目だ、東市正は国持ち大名になるべきである、というふうに。――東市正は、兵部にとって夢と希望そのものであった。甲斐はそこを押えた、疑心の強い兵部にはもっとも効果のある、暗示のかたちをとって。兵部は甲斐の手中に落ちた。
「では、置毒の事実は伏せるほうがよいというのだな」
「さような事実は、なかったのです」と甲斐が答えた、「鬼役三人は単純な食あたりで、医師道円は関係なく、料理人だけ軽い咎めということに致しましょう、少なくとも、妄説に昏まされた者どもの血気がおさまり、東市正さまに累の及ばぬ時期が来るまでは」
「わかった、わかったが」
兵部はおちつきなく、両の手を組み、指を揉みしぼった。
「ことによるとまにあわぬかもしれぬ、すぐ手配をしてもらいたいが、ことによるともう仕置をしてしまったかもしれぬ」
「と仰せられますと」
「いやわからぬ、まにあうかもしれぬ」と兵部が云った、「とにかく処置はいまのようにして、すぐその手配をしてもらおう、明朝はなるべく早く、再評定をひらくことにする」