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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
03 第三部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页
と心の中で頷いた。
――自分はいつも、誰かに、どこかから見つめられていた。
幼ないときからそうであった。彼は五歳で父に死なれてから、船岡四千余石の館主として、周囲から見まもられて来た。寝ても起きても、いつも誰かに見まもられ、誰かに、うるさく世話をやかれたり、忠告され、意見されて来た。自由だったのは、山ごもりをしているときだけであった。そうだ、山にこもって、与五兵衛といっしょに狩をしたり、木を伐ったりするときだけ、そのときだけ自分は自由な、人間らしい気持になることができた。
――いまはさらに悪い。
いまの彼は、昔とはまるで違った眼と耳で、監視されている。その眼は、いま彼がこうして寝ているときにも、ひそかに彼をうかがい、その耳は彼の動静を聞きすましているのである。自分は誰にも、心をゆるせない。どんなばあいにも、こうして寝ていてさえも、心をゆるめるわけにはいかない。
「そうだ」と甲斐は呟いた、「これでは女に情をうつすことなどはできない、とうていできないことだ」
可哀そうに、と甲斐はおくみの顔を眺めながら、呟いた。するとおくみが眼をあいた。それまで眠っていなかったかのように、眼をあいて、静かに、こちらへ振向き、にっと、甲斐に頬笑みかけた。