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せいぎ

正義

浜尾 四郎

「新青年」博文館、1930(昭和5)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,327 字 · 43 页

青空文庫

後嗣の事に就いても、平生健康でもあったせいか一向に考慮せずに居たらしく、東京に帰ってからも外部からは至極淋しい、然しながら気楽そうな独身生活をつづけて居た。

十月一日の夜、松村子爵は飄然としてMホテルにあらわれた。その前夜は沼津のN旅館で送ったとの事だった。Mホテルに来てからの子爵の様子には一向に変ったようすがなかった。三日の朝、ボーイの森木国松という男が用があって子爵の室の戸を叩いたけれども、返事がない。暫くしてから又行ったが返事がない。ドアの外には子爵の靴が出て居るので内に子爵が居る事はたしかなのだ。

ところでドアには内側から鍵がかかって居なかったので森木は戸をあけて中にはいって見ると子爵がベッドにねたまま死んで居るのを発見した。

この所まではあの当時伝えられた通りを僕が述べるにすぎないけれども、森木の行動に不自然な点のあるのは否めない。従って後に彼が被告人となり、彼自身でも供述を大分変えているのだが、ともかくはじめは右のように伝えられたのだ。

それは後にゆっくり研究する事として、子爵は如何いう風に死んでいたか、というと(之は全部当局者が調べたところだが)、ベッドの中にねていたままで、右の手にピストルをもち、右の耳の直上を射て居る。