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ぶしをえびすということのこう
武士を夷ということの考
喜田 貞吉
「歴史地理 第二六巻第四号、第六号」1915(大正4)年10月、12月、「歴史地理 第二七巻第一号」1916(大正5)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,305 字 · 34 页
と断言せらる。氏はここに博士の説に基づけることを言わず。したがって氏の説は博士とは独立に研究せられたるものと見るべく、博士の仮定説は氏によりて偶然完成せられたるものと解すべきものなり。しかも余輩は、いまだアイヌの古語に、エムシなる語が果して存せしや否やを知らず。またよしや存したりとするも、これが勇敢なる武士・郎等を意味せしものなることを知るを得ざるがゆえに(博士もエムシなる語の古えに存せしことを断言せられざるなり)、しばらく論説発表の時期の前後よりして、菊池氏の説は博士の所説に基づけるものと解すべく、しかも氏はこれを誤解し、自説として発表せられしにはあらずやとの疑いを禁ずる能わざるなり。もし果してしからんには、氏のために深くこれを遺憾とせざるを得ず。
ちなみにいう。菊池氏の『奈良平安時代に於ける奥羽経営』なる書は、さすがに三上・萩野両博士のその公刊を勧告せられしほどありて、多くの史料をよく按排し、巧みに他人の諸説を引用して、当時の対夷事情を見るに便利なる好著なり。されどあまりに濃厚なる蝦夷という色目鏡を掛けて古史を見たるがために、夷人なりと認むるになんらの証左なき者をまでも多く夷人として列挙したるの嫌いありて、大勢を知るうえにすこぶる遺憾の点あり。