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ぶしをえびすということのこう
武士を夷ということの考
喜田 貞吉
「歴史地理 第二六巻第四号、第六号」1915(大正4)年10月、12月、「歴史地理 第二七巻第一号」1916(大正5)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,305 字 · 34 页
五 夷俘・俘囚と武士
これ単に一例なり、しかももって他を類推するの料となすべく、武士と夷とその相関係するところ、由来古しといわざるべからず。
五 夷俘・俘囚と武士
夷俘および俘囚がともに夷種たるべきことは、前に「夷俘・俗囚の考」中にその委曲をつくしたりと信ず。その夷俘が蝦夷なるべきことにつきては古来異議なけれども、「俘囚はもと是れ王民なり」との『江次第抄』の記事は、しばしば俘囚をもって内地人の夷のために略せられたりしものの後なりとするの説を生じ、この論すこぶる世に喧伝せられたれば、余輩はこの点につきて、特に力説するところありき。その後さらに新説あり。俘囚はその実浮囚と書けるを正しとし、夷種にあらずして内地の浮浪の民を辺境に移植屯田せしめたるものなりと解するなり。文は載せて『芸文』第六年第六号(大正四年六月発行)にあり。着眠奇警にして、在来の俘囚はもと是れ王民にして夷のために略せられたりというものと出発点を異にし、また一説とすべし。しかれども余輩は、すでに「夷俘・俘囚の考」中に引用せるがごとく、俘囚を虜といい、蛮と呼び、異類となし、あるいは夷俘の後にして内地に土着し、すでに位階を有して決して浮浪の徒ならざるものを俘囚と称し、後には夷俘と俘囚とを全然混同して区別せざるに至れる等、彼らがまた夷人なるべき証左はなはだ多きをもって、今に