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ぶしをえびすということのこう

武士を夷ということの考

喜田 貞吉

「歴史地理 第二六巻第四号、第六号」1915(大正4)年10月、12月、「歴史地理 第二七巻第一号」1916(大正5)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,305 字 · 34 页

青空文庫

至りてなお前説を保持せんとするなり。

夷俘すなわち蝦夷が兵士として使役せられしこと、また由来すこぶる古し。雄略天皇の崩ずるや、征新羅将軍吉備尾代の率いたる五百の蝦夷これを聞き、相いいて曰く、わが国を領制する天皇すでに崩ず、時失うべからざるなりと、なお相聚結して傍郡を侵寇す。ここに征新羅軍に従いし五百の蝦夷は、当時征夷の結果として、あるいは虜にせられ、あるいは帰降せしものなるべし。同じく夷種にして、一を佐伯部といい、一を蝦夷というは、前者がつとに内地に住し、したがってその俗もすこぶる変じたるものあるに対し、後者がなお夷地に住して、依然生蕃のままなるを区別せしものと解すべし。雄略朝征夷のこと『日本紀』これを記せず。されど『宋書』所載、倭王武の「国書」に、祖宗以来東の方毛人五十五国を征したるのことあれば、この朝にもまた必ずその挙ありしを察すべく、『新撰姓氏録』中臣志斐連条には、「雄略の御世に東夷不臣の民あり、人毎に強力にして朝軍を押防す、是に於て意富乃古連、甲冑五重、進んで敵庭に跨り、官軍を労するなく一朝に夷滅す。云々」などあれば、もって当時の事情を想像するを得ん。