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ぶしをえびすということのこう

武士を夷ということの考

喜田 貞吉

「歴史地理 第二六巻第四号、第六号」1915(大正4)年10月、12月、「歴史地理 第二七巻第一号」1916(大正5)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,305 字 · 34 页

青空文庫

『将門記』に、平将門の駆使に丈部子春丸あり。その姓と所在とを案ずるに、また俘囚の属なるべし。『陸奥話記』に源頼義が藤原経清を斬るに当り、汝先祖相伝余が家僕たりとなす。しかして経清の子清衡は、みずから東夷の遠酋と称し、俘囚の上頭にいると号するなり。これまた俘囚が※(「てへん+晉」、第3水準1-84-87)紳の家僕たる一例とすべし。

鬚髯の長く生いたるいわゆる毛人は、実に郎等としての理想的典型たりき。『今昔物語』に余五将軍平維茂の郎等太郎介のことを記して、

年五十余計の男の、大きに太りて、鬚長く、爛く怖ろしげなり。現に吉き兵かなと見えたり。

とあり。郎等の名称、起原については、種々の説もあれども、大体においてかつて帳内・資人など呼ばれたりしものとその性質を一にし、時勢によりてややその形を異にしたるものにて、実に一の「サムライ」なりき。しかしてその郎等には、鬚長く怖ろしげなる蝦夷式偉丈夫をもって、「げに吉き兵かな」と思わしめたりしなり。この帳内・資人の類より変形したる郎等は、実に後に武士と呼ばるるものなり。武士と夷と、その相関するところ、由来深しといわざるべからず。