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わすれえぬひとびと

武蔵野

国木田 独歩

国木田独歩『武蔵野』。同一底本的分册已合并为一书。收入:忘れえぬ人々、置土産、おとずれ、河霧、郊外、小春、鹿狩り、詩想、初恋、初孫、星、まぼろし、遺言、わかれ。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 94,018 字 · 192 页

青空文庫

『一晩厄介になりたい。』

主人は客の風采を視ていてまだ何とも言わない、その時奥で手の鳴る音がした。

『六番でお手が鳴るよ。』

ほえるような声で主人は叫んだ。

『どちらさまでございます。』

主人は火鉢に寄っかかったままで問うた。客は肩をそびやかしてちょっと顔をしがめたが、たちまち口の辺に微笑をもらして、

『僕か、僕は東京。』

『それでどちらへお越しでございますナ。』

『八王子へ行くのだ。』

と答えて客はそこに腰を掛け脚絆の緒を解きにかかった。

『旦那、東京から八王子なら道が変でございますねエ。』

主人は不審そうに客のようすを今さらのようにながめて、何か言いたげな口つきをした。客はすぐ気が付いた。

『いや僕は東京だが、今日東京から来たのじゃアない、今日は晩くなって川崎を出発て来たからこんなに暮れてしまったのさ、ちょっと湯をおくれ。』

『早くお湯を持って来ないか。ヘエ随分今日はお寒かったでしょう、八王子の方はまだまだ寒うございます。』

という主人の言葉はあいそがあっても一体の風つきはきわめて無愛嬌である。年は六十ばかり、肥満った体躯の上に綿の多い半纒を着ているので肩からじきに太い頭が出て、幅の広い福々しい顔の目じりが下がっている。