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わすれえぬひとびと

武蔵野

国木田 独歩

国木田独歩『武蔵野』。同一底本的分册已合并为一书。收入:忘れえぬ人々、置土産、おとずれ、河霧、郊外、小春、鹿狩り、詩想、初恋、初孫、星、まぼろし、遺言、わかれ。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 94,018 字 · 192 页

青空文庫

それでどこかに気むずかしいところが見えている。しかし正直なお爺さんだなと客はすぐ思った。

客が足を洗ッてしまッて、まだふききらぬうち、主人は、

『七番へご案内申しな!』

と怒鳴ッた。それぎりで客へは何の挨拶もしない、その後ろ姿を見送りもしなかった。真っ黒な猫が厨房の方から来て、そッと主人の高い膝の上にはい上がって丸くなった。主人はこれを知っているのかいないのか、じっと目をふさいでいる。しばらくすると、右の手が煙草箱の方へ動いてその太い指が煙草を丸めだした。

『六番さんのお浴湯がすんだら七番のお客さんをご案内申しな!』

膝の猫がびっくりして飛び下りた。

『ばか! 貴様に言ったのじゃないわ。』

猫はあわてて厨房の方へ駆けていってしまった。柱時計がゆるやかに八時を打った。

『お婆さん、吉蔵が眠そうにしているじゃあないか、早く被中炉を入れてやってお寝かしな、かわいそうに。』

主人の声の方が眠そうである、厨房の方で、

『吉蔵はここで本を復習ていますじゃないかね。』

お婆さんの声らしかった。

『そうかな。吉蔵もうお寝よ、朝早く起きてお復習いな。お婆さん早く被中炉を入れておやんな。