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しのふちより

死の淵より

高見 順

老いたヒトデ「風景」1963(昭和38)年11月号<br>死の淵より「群像」1964(昭和39)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,084 字 · 38 页

青空文庫

水平線の顔

夜の水

思い出がよみがえった

私がガンになる前のこと

安房鴨川の春のことだ

ある午後 浜辺を行くと

小鳥が砂の上をつんつんと飛びながら歩いていた

モミジのような足あとを

文字のように砂上に書きつらねた

たしかにそれは何事かを伝えんとする文字に相違ない

波音に消されて小鳥の声は聞えなかったが

円覚寺の砂の声が

小鳥の声として連想された

それほどこの小鳥にふさわしい声はない

二つは不思議に調和していた

水平線の顔

水平線から

顔がのぞいている

不気味な不可解な顔だが

私には分っている

知った顔ではないが

私が知らねばならぬ顔だ

夏の入道雲みたいに大きくはないが

そのようにあっけなく消えはせぬ

消えたと見えてまた顔を出す

私が死ぬのを待っているのか

それほど私もうぬぼれてはいないが

私が死ぬまでそれはのぞきつづけるだろう

ちょうど私の心から血が流れつづけるように

(七里ヶ浜K病院で)

夜の水

くらい夜の水の

静かな表面が

にわかに泡立ち

眼前の一点がもくもくとふくれあがる

明らかにそれは怒っているのだ

闇のなかで黒く光りながら

水は激怒している

鬱積した悲しみが

遂に怒りになったのだ

しかしそれもながくはつづかない