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こおりぐらのにかい

氷蔵の二階

宮本 百合子

「女性」1926(大正15)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,201 字 · 37 页

青空文庫

房は、二時間ばかりいて、自分の部屋に戻った。――直ぐには何も手につかない気持であった。このようなことがあるから、志野は、隣の人、カフェーの女給などと自分に警戒を加えて置いたのだろうか。

六時頃、志野が帰って来た。

「ああひどいひどい。御覧なさい、この通り――自動車の泥よけなんて何にもなりゃしないわ」

はねの上った紺絣の合羽を、露台へ乾しに出ようとし、彼女はふと机の上にのっている半紙包に目をつけた。

「あら――」

志野は、睨むような流眄(ながしめ)で房を視た。

「あなた、お隣へ行ったの?」

「ええ」

「面白かった?――あの人んとこ、いつでもこのお菓子よ」

蹲んで、志野は、蚕絹糸でくるんだような四角い、小さいキャンデーを口に入れた。気にかけまいと努め、終にやりきれなくなった風で、彼女は、曖昧な、どうでも変化させられる薄笑いを泛べながら訊いた。

「――珍聞があった?――……私の噂してたでしょう」

房は、穏に、真面目に云った。

「いろんなこと聞いたわ」

「…………」

志野は、黙って顔を見ていたが急に房の手をつかんで自分の方へ引ぱった。

「ね、あなた私信じてくれるでしょ? ね?」